僕が映画を好きになった理由<ワケ>
一番最初のコラムにも書いたのですが、僕は小学生3年生から現在(28歳)まで約19年間とっても映画が大好きで「映画があればなんでもできる」なんてアントニオ猪木みたいな格言作って生きてきた生粋の映画バカです。今回はなぜこんなに映画にスッポリハマッてしまったかをマイアメカル映画&人物とともにお話します。
うちの母は僕が小学生当時、ジャッキー・チェンの大追っかけをやっておりました(笑)。当時(1980~1990年にかけて)ジャッキー・チェンは日本で大ブレイク!今見るとかなりイタイ写真集からCMまで日本列島ジャッキー色に染まった年代でもありました。武道館でライブもあったぐらいです(ちなみに盟友サモハンとユン・ピョウもライブ出演!!)。母はもちろん即チケット購入、空港お出迎えをしたかどうかはわかりません(たぶんしたでしょう)が、どでかいコンサートパンフ片手に帰って来た母を一生忘れれません(悲涙)。
そんなジャッキーゾッコン母は劇場までもちジャッキー映画を見に行ってました(しかも何回も)。1987年の夏、ジャッキーは大ヒット作『プロジェクトA』の待望の続編『プロジェクトA2/史上最大の標的』を公開します。もちろん母は初日に見に行き、興奮状態で帰宅してきました。何回目かの『プロジェクトA2/史上最大の標的』を見に行くツアーでいつも一緒に行くハズのお友達が急用で行けなくなり、前売券が余ってしまいました。一人で行くことを嫌がる母の標的は僕になり、今は無き今池劇場まで連行されました。当時はまだ2本立てでしたのでジャッキーの同時上映は楳図かずお原作・大林宣彦監督の超ド級スッポコアメカルムービー『漂流教室』でした。どちらかいうとそちらに興味があったのですが、上映の都合上『プロジェクトA2/史上最大の標的』から先に始まりました。お客さんの入りは夏休みのジャッキー映画ということで8割ぐらいでした。
最初はなんとなく見始めたのですが、途中ジャッキーが危険なアクションに挑むシーンで観客がみなでジャッキーを応援し、ジャッキーの楽しいスッポコお笑いシーンで爆笑し、最後のNGシーンでは拍手も起こるというなんとも素晴らしい体感映画館!これで完全に映画館で映画を見ることに快感を覚え、世の中にはこんなに楽しい『映画』という存在があることを知り、もちろんジャッキーファンにもなったのと同時に映画の世界にドップリハマッてしまいました。同時上映の『漂流教室』は原作にはいないスッポコ生物がたくさんでてきたり、トンデモナイラストを含め違う意味で感動を覚えましたが...。結局昼から映画館に入ったのですが、最終上映まで居座り、『プロジェクトA2/史上最大の標的』×3回、『漂流教室』×2回しっかり堪能させていただきました(正直最終回はうちの母は呆れてましたが)。
ということでジャッキーマニアな母がいなければ今の自分はいなかったと思います。ちなみに急用で映画に行けなかった母の友人は真田広之の追っかけで母もたまに追っかけに参加してましたとさ(何かの偶然かもしれませんが、ジャッキーの新作『ラッシュアワー3』で真田広之と共演!オソロシヤ、ジャッキー!)。そんなアメカル人物、うちの母にアメカル万歳!(映画じゃなくてゴメンナサイ)

『プロジェクトA2/史上最大の標的』宣伝用チラシ





