七夕
彦星にとっての織り姫ならば、サンタにとってはトナカイ???ああ悲しすぎる老人の事情!過疎の進む北欧のどこかでの動物達との交流!ああ北の王国(意味不明)!
クリスマスツリー全面に願い事が書かれた短冊が結ばれている!!しかもサンタクロースの名前一切無し!!全員(おそらく幼稚園〜小学校低学年児童)揃って、「〜が欲しい」としか書いてない!それもほとんど「お金が欲しい」と!!違うの見つけたと思ったら「しょうらいセッ〇スがしたい」と書いたゆうた四歳、お前のだ!!こんのバカチンがぁ!!!
「なんかもらえる日」ばっかり作ってどうすんだ?
目に見えるものしか有り難く思えない人は音楽人にも増えている。
目に見えない大切なものが見えないために、目に見える物や金で埋め合わせをしようとするのだ。いや、多くの人はそうさせられているのだ。物欲色欲は本能的なものだと納得している人も多いがそうではない。我々が求めているものはひとつだ。現代社会はそれを人々の目の届かないところに隠してしまう。不安になった人々はせいぜいこの社会では一番の価値を持つお金というものを使って安心を得ようとしている。しかし我々の真に望むものはいくらお金を払っても買うことはできない。
現にテレビCMなどでも「お金で買えない大切なもの」とよく言うではないか。我々はそれを見失っているがために、物欲に走らされている。
それはお金では買えないということはどういうことか。
それは誰しも手に入れることができる。
それはいつでもどこにでも常にある。
それは誰とでも共有できる。
このようなものが経済至上主義(者)にとって都合が良いわけがない。故に我々の目には隠されている。あるいは我々自ら見ないようにしている。皆が皆それに目覚める可能性があるからだ。そしてそうなれば世界はこのままの姿のまま崩壊し根本から変わり得るからだ。
しかしこの七夕とクリスマスのミックスには感心した。先日の名古屋ラップ考でも触れた異文化移入に際しての我が国人の対応、まさにその実例の一つである。
「夜空に願う感じ?が〜、一緒?」程度のノリだったのかもしれないがここまで来るとクリスマス本来の意味は跡形も無い。結局本質までははなから取り入れようという気がなかったのか、それとも単にそうできなかったのか、いずれにせよ日本人の性質と文化は根本においてはさほど変わっていないということではなかろうか。
まだまだ捨てたもんじゃないね、と短冊ツリーを見て思う私であった。
漫画の続きもついでに。







