食べ物とゲージツ
というわけで期せずして今週は前回の続編となった……。
どういう訳か。前回は新幹線で隣り合わせたオッサンの全身から発せられるコンビニの肉マンの臭いと戦いながらの執筆だった。そして、今週ボクの隣にはひどいワキガのおばちゃん(おそらく同世代)が座っているのである。東京〜品川間で既に目にキテいる。鼻での呼吸はほぼ不可能だ。あ、頼むから動かないで、お願い……。
…意識を取り戻したボクの横でおばちゃんは添加物まみれの駅弁をパクついている。
そう、そのまま脇をシメて弁当箱持っててくれ頼むから。
脇のニオイも、アーティストの創り出す諸々も、デリケートゾーンのかゆみも、食べ物に依るところが大きいとボクは思う。考えたら実に当たり前のことのような気がするんだが。食べたモノしかウンコにならないのと同様に、人の発する言葉、雰囲気、芸術活動も食べ物に関係するとボクは思う。何をどれだけ、どういう気持ちで食べるかに依り、人の外見のみならず内面すなわち思想言動なども変化するというのはさほど突拍子もない考えではないと思うが。
間違いなく我々は食べ物をいただくことによって今こうして生きている。学校で習ったところの食物連鎖の中に確かに我々も居るのだ。それはすなわち他者の生命をいただいて自らの生命活動を行うということだ。ヒトの場合その生命活動の内に、アーチストのゲージツ活動も含まれる。おかしな食べ物を摂ればおかしな人間ができあがるし、おかしな人間はおかしなコトしか考えないし、おかしなモノしか作れない…おかしの城とか。
マク●ナルドに代表されるファストフードのほとんどは食べ物が本来持つべき「生命力」に欠けている。薬剤てんこ盛りのエサで育てられた動植物を薬剤てんこ盛りで加工して冷凍して海の向こうから運んでチンして安売りして、、、、そんなものは単に胃袋に詰め物をして空腹感を紛らわせる働きしかしない。
いい音楽を作りたいなら先ずまともな食べ物をエネルギーにしましょう。
(漫画は本文とは関係なく次回へ続く)
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「気功コミック 十八式」






