2009/06/29
101回ワンちゃん
いい歌を作るにはこうしてだらだらベラベラと言葉を漏らさず自己を磨き、人の短を言わず自ら足るを知ることが必要だ。が、なんともくだらない歌が電波やらなんやらに乗ってこうも撒き散らかされる状況だと何か言いたくなる。我々日本人は古来「うた」というものを非常に大切にしていた。男女の仲が相手の歌の出来ひとつで左右される時代があり、しかもそれらの歌の内容が高度に芸術的であったというのは他の文化と比べて珍しい事だそうだ。
芸術的というがそもそも芸術とは何だろう。私は芸術とは自然の写しだと考える。これは色んな人が色んな言葉で述べていて、私も同感だということだ。そして自然というのは人間も、その内面の機微も含む。 続きを読む…

だっけ?バンザイ。そして先週より続き。(ここでBGMを『ツァラトゥストラはかく語りき』にしてください)
発酵1の回は本コラム連載開始あたりにあり。そして、長い間待ちに待った逸材が遂に名古屋ミュージックシンに登場した。彼の名は
さて続きだ。実は先週から続くと言っておいて悩んでいる。
このコラムもじきに100回めを迎える。タイトルは連載開始当時に流行っていた漫画のタイトルをもじってつけたものだが、たった二年経つだけでやや古い感じがするとはまあなんともはや。近頃は流行りものの作られる周期も短く、それに乗せられるほうも忙しいことだ。
と決めたら休むようにするようになった41才の春なのだ。とはいっても常に自分の肥やしになるように動いてしまうのだが。今回はある月曜日のミュージシャンの休日の過ごしかたのレポート。
いやはや、先週はコラムだということを忘れて書きなぐってしまった。意味の伝わりにくい文章を掲載したことを反省。誤解を生じていると思うのでいずれ書き直そう。
自分のことはさておいてミュージシャンには感受性が強すぎる人も少なくない。この狂った世の中で生きていくにはナイーブすぎるのだろうという人は私の友人知人にも多く居る。彼らはこの嘘にまみれた現実世界を嫌い、そこから生まれる商業主義の産物でしかない音楽を忌む。自分は生まれる世界を間違ったと思い悩む。
どうもここんところ調子がよろしくない。言葉遣いが荒れるが、「名古屋をナメてんのか!?」というヨソのバンドや「日本をナメてんのか!?」というヨソの国のバンドのライブによく当たる。もうこの機会を逃したら観れないだろう往年のギタリストのライブに行ったら、隣のオヤジがあの中高年がよく立てる、歯をせせっているような「チィ〜」っていう音をずっと立ててやがるし(個人的にはなによりも嫌いな音だ)、最前列ではすっとんきょうな客がのべつまくなしに「イエ〜!」「オゥ!」「ワ〜オ!」と騒いでやがって音楽を聴くのにも集中できないし演奏者も迷惑顔。町を歩けばマンション入口とかに設置されたネコ防止の超音波発生装置みたいな機
山をナメていた。入口のドアを開けるとそこには男が二人きり。店のオナとおそらく出演者。がその人物は楽器を構えてはいない。



